5番車両の指定席 30
かつてE県の公務員だった頃、先輩が一ヶ月前に辞令出されて慌てて引っ越し準備した、と聞いてたんでヒヤヒヤしてたら、私の時は少し早かったよーな気がします。
今の会社で転勤を言い渡されたのは3ヶ月前でした。慌てました。
普通の会社でこういうお知らせはいつ頃に出るんだろうか…??
つまり今回はそういう話です。
お代は見てのお帰り。
*********************
「…こうやって見てやれんのも、年末までかもしれねぇな。」
「え?」
かたかたと電車はいつもの路線をいつも通りの時間で走る。そこに突然飛び込んだいつもと違う言葉に耳を疑った。
「まだ本決まりじゃないんだが、来年の春を目処に転勤になりそうだ。」
「…転勤、…って、どこ、ですか?」
「本社だ。」
聞けば本社とは海外にあるらしい。そこで今度他社と合同で新しい部署を立ち上げることになり、責任者としてリヴァイの上司であるエルヴィンが指名され、部下達と共に異動することになりそうなのだという。
「年が明けたらいよいよ準備で慌ただしくなるからな。また不規則になるだろうから、まともに顔あわせることもできねぇかもしれないんだが…お前もそろそろ試験準備本番だろ。気を抜くなよ。」
「…はい。」
ほとんど上の空で頷いた。駅への到着を告げるアナウンスがどこか遠くから聞こえてきた。
さすがにそろそろ昼休みに屋上に上がるのは寒くなってきたかもしれない。上着を羽織ったアルミンが襟元をかきあわせている。それなのに不思議と冷たさも何も感じなかった。
「エレン。何があったの?」
単刀直入にミカサが切り出した。アルミンが気遣うようにこちらを見ている。いつもと変わらないつもりだったのに、やはりこの二人には見透かされていたんだろうか。
青い空。浮かぶ雲の間を小さく鳥のような影が移動する。飛行機だ。
あの人もいずれ、あの飛行機に乗って行ってしまう。遠いところへ。
「…転勤、なんだって。」
「え?」
「海外に…いつ戻ってくるかわからないって…」
「…エレン。それ、ひょっとしてリヴァイさんのこと?」
こく、と頷くと二人が顔を見合わせた。
「エレン、どうするの?」
「どうって、…どうもできないだろ。」
「必要なら私が今すぐ足止めする。手足の一本か二本でも折ればもしかしたら、」
「ちょっと待てミカサ!なんでそうなるんだよ!!」
どうしてこの幼なじみは方向性が極端なのだろう。大体、そんなことをしたってこの話がなくなるとは思えない。
「…ねぇエレン、大丈夫だよ。今はメールだって簡単にやりとりできるし、その気になったら夏休みとか旅行がてら行けるんだし。ほら、エレンのお父さんの知り合いとか、海外にたくさんいるだろう?」
「…うん」
「向こうの住所とか連絡先とか決まったら、すぐ教えてもらったらいいよ。第一、今すぐいなくなるってわけじゃないんだし。」
「…だよな。」
わかっている。永遠に会えなくなるわけじゃない。電話だってメールだってすぐに繋がる。時差さえ考慮すれば声を聞くこともできる。
それなのに。
「…でも、確かに寂しいよね。」
言えるわけがない。
「本当に平気?エレン。」
「……」
行かないでほしい、なんて。
『…そう。じゃあリヴァイからエレンに言ったんだ。』
「そうみたいです。」
『エレン、落ち込んでなかった?』
「…結構ショックだったみたいです。表向きは平静を装ってますけど…」
その夜、ハンジに電話をすると、彼女もその話を今日になって耳にしたという。決定そのものが急だったらしく、リヴァイ自身、聞かされたのは前日のことだったようだ。
『エルヴィンは前から知ってたみたいなんだけどね。やっぱり迷ったんだって。上と交渉して別の課に話振るつもりだったらしいんだけど、あちらさんがリヴァイを推しててね。エルヴィンがいい返事しないもんだから、しびれ切らして直接リヴァイに話したんだって。…ま、いわゆるオトナの事情って奴だね。』
「…そうですか…」
はぁ、と大きな溜息をついたハンジが、申し訳なさそうに続けた。
『ごめんねアルミン。もっと早く知ってたら、なんとか手を回してこの話無かったことにしてやったのに。』
「いえ、そういうわけには…」
『だいたい、あいつも断れってんだよ。いきなり海外行け、なんてさ。』
「…それは難しいでしょう。」
彼らの会社内の詳しい事情などはもちろんわからないが、リヴァイはエルヴィンに恩義を感じているようなので、恐らく断るという選択肢は無かったのではないだろうか。
『なんか変だよね。私達、昔よりずっと自由な世界に生きてるはずなのに。』
「そうですね。…」
何もかもが壁と壁の中の権力に支配され、抑制されていたあの頃、渇望した自由は確かにここにあるはずなのに、今の世界を作る秩序やルールの中にいつのまにか捕らわれている。
結局本当の自由なんて、手に入らないものなのかもしれない、なんて言ったらエレンはどう思うだろう。
『アルミン、頼むよ。エレンのことよく見ててあげて。また不安定になってしまうかもしれない。』
「はい。」
恐らく前回もきっかけはエレンの動揺だろう。今回のことがまた同じことを引きおこさないとは限らない。
「もしエレンがまた行方をくらましたら、ミカサがそちらに真っ先にお邪魔すると思います。」
『はは、そいつは勘弁してほしいね。…じゃあね。おやすみ。』
「はい。おやすみなさい。」
電話を切るとそっと机の上に戻した。すでに夜も更けて、時々車の通る音が聞こえる以外、辺りは静かだった。
エレンは今夜どんな夢を見るだろうかと、それだけが気がかりだった。
今の会社で転勤を言い渡されたのは3ヶ月前でした。慌てました。
普通の会社でこういうお知らせはいつ頃に出るんだろうか…??
つまり今回はそういう話です。
お代は見てのお帰り。
*********************
「…こうやって見てやれんのも、年末までかもしれねぇな。」
「え?」
かたかたと電車はいつもの路線をいつも通りの時間で走る。そこに突然飛び込んだいつもと違う言葉に耳を疑った。
「まだ本決まりじゃないんだが、来年の春を目処に転勤になりそうだ。」
「…転勤、…って、どこ、ですか?」
「本社だ。」
聞けば本社とは海外にあるらしい。そこで今度他社と合同で新しい部署を立ち上げることになり、責任者としてリヴァイの上司であるエルヴィンが指名され、部下達と共に異動することになりそうなのだという。
「年が明けたらいよいよ準備で慌ただしくなるからな。また不規則になるだろうから、まともに顔あわせることもできねぇかもしれないんだが…お前もそろそろ試験準備本番だろ。気を抜くなよ。」
「…はい。」
ほとんど上の空で頷いた。駅への到着を告げるアナウンスがどこか遠くから聞こえてきた。
さすがにそろそろ昼休みに屋上に上がるのは寒くなってきたかもしれない。上着を羽織ったアルミンが襟元をかきあわせている。それなのに不思議と冷たさも何も感じなかった。
「エレン。何があったの?」
単刀直入にミカサが切り出した。アルミンが気遣うようにこちらを見ている。いつもと変わらないつもりだったのに、やはりこの二人には見透かされていたんだろうか。
青い空。浮かぶ雲の間を小さく鳥のような影が移動する。飛行機だ。
あの人もいずれ、あの飛行機に乗って行ってしまう。遠いところへ。
「…転勤、なんだって。」
「え?」
「海外に…いつ戻ってくるかわからないって…」
「…エレン。それ、ひょっとしてリヴァイさんのこと?」
こく、と頷くと二人が顔を見合わせた。
「エレン、どうするの?」
「どうって、…どうもできないだろ。」
「必要なら私が今すぐ足止めする。手足の一本か二本でも折ればもしかしたら、」
「ちょっと待てミカサ!なんでそうなるんだよ!!」
どうしてこの幼なじみは方向性が極端なのだろう。大体、そんなことをしたってこの話がなくなるとは思えない。
「…ねぇエレン、大丈夫だよ。今はメールだって簡単にやりとりできるし、その気になったら夏休みとか旅行がてら行けるんだし。ほら、エレンのお父さんの知り合いとか、海外にたくさんいるだろう?」
「…うん」
「向こうの住所とか連絡先とか決まったら、すぐ教えてもらったらいいよ。第一、今すぐいなくなるってわけじゃないんだし。」
「…だよな。」
わかっている。永遠に会えなくなるわけじゃない。電話だってメールだってすぐに繋がる。時差さえ考慮すれば声を聞くこともできる。
それなのに。
「…でも、確かに寂しいよね。」
言えるわけがない。
「本当に平気?エレン。」
「……」
行かないでほしい、なんて。
『…そう。じゃあリヴァイからエレンに言ったんだ。』
「そうみたいです。」
『エレン、落ち込んでなかった?』
「…結構ショックだったみたいです。表向きは平静を装ってますけど…」
その夜、ハンジに電話をすると、彼女もその話を今日になって耳にしたという。決定そのものが急だったらしく、リヴァイ自身、聞かされたのは前日のことだったようだ。
『エルヴィンは前から知ってたみたいなんだけどね。やっぱり迷ったんだって。上と交渉して別の課に話振るつもりだったらしいんだけど、あちらさんがリヴァイを推しててね。エルヴィンがいい返事しないもんだから、しびれ切らして直接リヴァイに話したんだって。…ま、いわゆるオトナの事情って奴だね。』
「…そうですか…」
はぁ、と大きな溜息をついたハンジが、申し訳なさそうに続けた。
『ごめんねアルミン。もっと早く知ってたら、なんとか手を回してこの話無かったことにしてやったのに。』
「いえ、そういうわけには…」
『だいたい、あいつも断れってんだよ。いきなり海外行け、なんてさ。』
「…それは難しいでしょう。」
彼らの会社内の詳しい事情などはもちろんわからないが、リヴァイはエルヴィンに恩義を感じているようなので、恐らく断るという選択肢は無かったのではないだろうか。
『なんか変だよね。私達、昔よりずっと自由な世界に生きてるはずなのに。』
「そうですね。…」
何もかもが壁と壁の中の権力に支配され、抑制されていたあの頃、渇望した自由は確かにここにあるはずなのに、今の世界を作る秩序やルールの中にいつのまにか捕らわれている。
結局本当の自由なんて、手に入らないものなのかもしれない、なんて言ったらエレンはどう思うだろう。
『アルミン、頼むよ。エレンのことよく見ててあげて。また不安定になってしまうかもしれない。』
「はい。」
恐らく前回もきっかけはエレンの動揺だろう。今回のことがまた同じことを引きおこさないとは限らない。
「もしエレンがまた行方をくらましたら、ミカサがそちらに真っ先にお邪魔すると思います。」
『はは、そいつは勘弁してほしいね。…じゃあね。おやすみ。』
「はい。おやすみなさい。」
電話を切るとそっと机の上に戻した。すでに夜も更けて、時々車の通る音が聞こえる以外、辺りは静かだった。
エレンは今夜どんな夢を見るだろうかと、それだけが気がかりだった。
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